愛のサラリーマン

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起業におけるアタリマエの話(b2bビジネス)

最近起業する人が増えている(遅っ)。

ということで、非常にシンプルで、アタリマエな起業を妄想してみた。

 

CEOとCTOがシードラウンドで3,000万円の資金調達に成功したところから始めよう。

彼らはB2B向けのSaaSを提供していて、1アカウントあたり月額1万円の料金だとする。

 

また細かいことは抜きにして、彼らの給与は50万円ずつ、オフィス賃料等その他の経費を含めて50万円だとする。つまり、毎月150万円が消えていく計算になる。

 

つまり20ヶ月後にキャッシュが尽き、倒産する計算である。

 

彼らのビジネスが存続するためには、20ヶ月以内にアカウント数(導入企業数)を150以上にする必要がある。

 

そうすれば収入と支出がちょうど150万円で釣り合うので、キャッシュが減ることはなくなる。

(細かいことは抜き)

 

この時、人を雇うことも、何かツール等を入れて経費を増やすことも、しない前提である。支出を増やせば、もっとアカウント数を増やさなければならない。

 

ちなみに最近のB2Bのビジネスでは、顧客獲得という仕事は以下のような役割で分担で行われることが多い。

(画像はこちらのWebサイトより引用)

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Salesforce, The Model

左のハコから、マーケティングインサイドセールス、フィールドセールス、カスタマーサクセスと呼ばれる部署が責任を持つ。

こうした分業体制で、見込み顧客の獲得、商談機会の獲得、契約の獲得、顧客維持・アップセルといった目的を達成するべく業務が実行される。
(ちなみに、The Modelのもともとのアイディアは米SiriusDecisionsのDemand Watterfall Modelらしい)

 

 重要なKPIは以下の通りである。

 

  • 見込み顧客獲得数
  • 商談機会獲得数
  • 受注数
  • 解約率(その月の残存アカウントのうち何%が契約解除するかを表す率)

 

仮に、解約率を2%とすると、このビジネスでは毎月10アカウントの受注を獲得することにより、約19ヶ月目に単月黒字となる。またその時の残存キャッシュは1,680万だ。

 

だがしかしこれは大変な成果だ。

というのも、立ち上げたばかりのWebサイトに流入なんぞ無い。CEOはテレアポが日々のメイン業務となるだろう。その他に展示会に出たり、セミナーをやったり、Web広告を出向したり、記事を書いてブログにアップしたり、SNSで頑張ってフォロワーを増やす等々の活動を行い、なんとかして見込み顧客を獲得しなければならない。

(コストのかかる施策はROIの算出が面倒なので今回は語らない)

 

仮に、100件の見込み顧客(b2bマーケティングでは「リード」と呼ぶ)を獲得したとしても、その中から商談の機会が得られるのは、ほんの僅かだ。

 

リードの質(自社のプロダクトで解決できる課題を抱えており、顧客にとってその課題の社内優先順位が高いような、まさにNowな顧客は質が良いとされる。)にもよるが、テレアポなら良くて2%~3%だろう。

 

仮に、3%の商談が実現できたとしても、3件の商談機会の獲得だ。そこから受注率が30%だとすると、100件のテレアポで1件の受注が取れるかどうか、といったところである。

 

仮にCEOが一人でテレアポを頑張るものと仮定する(別に他の手段でも良い)。

 

1回の電話時間が10分だとして、1時間に6コール、これを1日8時間やると48コールである。しかしCEOは一人で行わなければならない。だから1日8時間もできない。せいぜい5時間程だろう(相手の営業時間もあるわけだし)。

 

とすると、1日に30コールしかできない。20営業日で600コール、約6件の受注数が予測できる。

 

しかし毎月6件の受注だと、倒産は回避できるものの、単月黒字化するのは36ヶ月後である笑(その時の残キャッシュは648万円)

 

3年間テレアポ三昧で過ごすのは修行僧よりもタフな精神力が必要だ。

 

でも3年もあればCTOがより価値のある(高い値段で売れる)プロダクトを開発してくれるか、CTOがWebマーケティングをしてくれるなどして、より楽に単月黒字を達成できると期待するわけだが、多くの場合そんなことにはならない。

 

CTOをdisるわけではないが、高い値段で売れる商品を開発しなければいけない理由を認識していなければ、そもそもCTOはそんな開発しない。

(無駄に?)イケてるプロダクトの開発を好んで行うだろうし、より楽に開発ができるように開発環境を整えることに時間を使うかもしれない。そしてWebマーケティングなんて発想には到底ならない。

(ちなみにUXを高めることで解約率を1%に減らせたとしても、黒字転換のタイミングは6ヶ月早まるのみである。努力の方向が間違っている。)

 

このままでは厳しいと考えたCEOは、新しい営業マン(仮にAさんとする)を月給50万で採用した。

 

Aさんの能力がCEOと同じだと仮定すると、2人で月に1200コールで12件の受注を獲得できる計算となり、これは黒転時期を12ヶ月早めることになる。(その間CTOはUXを高めイケてるプロダクト開発に専念しているものとする。)

 

これに気づいたCEOがCTOをクビにして、新たな営業マンを採用するかどうかはさておき(ジョークです)、ここで言いたいことは、営業やマーケティングなどのプロフィットセンター(PCとする)の人員は、ノンプロフィットセンター(non-PCとする)の人件費プラスその他経費を上回る売上を創出しなければならず、それは思いの外難しく、リスクが高いということだ。

 

エンジニアとかバックオフィスの人員を採用しすぎてしまった場合など、各PC人員が創出すべき売上の額が高すぎる状態になってしまっては、取り返しがつかなくなるケースもある。(日本の法律では簡単に正社員を解雇することはできないからだ。)

 

このバランスが適切に保たれていなければ、まさに日本の年金制度のように若者(PC)に大きな負担を課すことになってしまうのである。

 

これ以外にも語ることは腐るほどあるのだが、こうした当たり前のことを考える風潮が今のスタートアップ業界にあるかと言えば、それは疑問である。

 

最近はVCがホイホイと金を出すようになっていて(筆者視点ではそのように見える)、起業家は楽観的になっている(筆者視点ではそのように見える)、バンバン人を雇い、バンバン開発を行い(「顧客に最高のUXを届ける!」みたいな文句が多い)、よくわからないツールをバンバン導入し、販管費がヤバイことになっているケースをよく見る。

 

その結果こんなことになるケースもある。

 

2017/10/06

www.itmedia.co.jp

 

2018/08/07

jp.techcrunch.com

 

freeeのプランは現状以下の通りである。

(2019/3/6時点)

 

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左が個人向け、右が法人向けのプラン

 

この記事の冒頭で仮定したプロダクトの利用料金は月額1万円である。(法人向け)freeeは最っも高い料金プランでもその約半分なのだから、毎月獲得しなければならない受注件数は単純に倍になる(最低でも)。つまり、PC人員の負担も倍になるのである。(細かいことは抜きで)

 

おそらくfreeeはわんさかnon-PC人員を抱えているだろう。それにもかかわらず、高い料金を顧客から得ることができていない。これではPC人員は他のすべての支出を回収する売上を上げることは至難の業である。

 

そしてそんな過酷な運命を背負った社内の営業マンは、誰に何を言われ、どんな日々を送っているのかと、想いを馳せることを禁じ得ない。

 

この累損を回収できるのはいったい後何十年後になるのか、そしてこの状況を把握していながら追加で資金を入れる投資家は何を考えているのか(まさかゴリ押しでIPOしようとしてる、なんてことないですよね...)私にはわからない。

 

が、非常に不思議な、原理原則に反しているような出来事が、現実に起きている気がしたのでこの記事を書いた。

 

今回はfreeeを例に挙げたが(freeeさんごめんなさい。)、これ以上に悲惨な状態になっている例はスタートアップ業界では腐るほどある。

 

この状況がアタリマエであるならば、なんとも恐ろしい業界である。 

 

 最後にPaul Graham氏のブログポストと、スタートアップ計算機を貼って終わりにする。

 

paulgraham.com

 

growth.tlb.org

 

p.s. この計算機、成長率が入ってる。成長率を入れてしまうと「我が社はこんな感じでぐいーんっと成長するんです!まさにホッケースティック!」という(多くの場合理由なしの)余地を与えてしまうので、個人的には好きではない。